ついに目前に迫ってきましたリオオリンピック!!

今回一体いくつの金メダルを日本が獲得するのか楽しみでしょうがありませんが、中でも注目は女子バドミントンの奥原希望選手!!

国内大会での数々の優勝はもちろんですが、昨年2015年にドバイにて行われたBWFスーパーシリーズファイナルズ女子シングルスではなんと日本人選手で初めて優勝。

2016年3月に行われた全英オープンでも1977年ぶりに日本人選手として優勝を遂げ、世界ランクが自己最高の3位に。

日本人のこれまでの壁をぶちにぶち破って躍進中です笑

今回のオリンピックでもメダルは射程圏内ですね!

今回はそんな奥原希望さんのことについてご紹介します!

奥原希望のプロフィール

奥原希望

名前 奥原希望(おくはらのぞみ)

生年月日 1995年3月13日(21歳)

出身地 長野県大町市

身長 156.3㎝

利き腕 右

種目 女子バドミントンシングルス

出典:Wikipedia

奥原希望さんは現在日本ユニシスに在籍する女子バドミントン選手。

上述したとおり、2015年にアラブ首長国連邦のドバイで行われたバドミントンのスーパーシリーズ・ファイナルで日本人初の優勝しました。

スーパーシリーズファイナルズとは世界最高レベルの選手のみが参加を許される世界選手権や五輪に次ぐ最高峰の大会。

今まではこの大会の優勝と言えば、中国やインドネシア、デンマークといったお馴染みのバドミントン競合でうめつくされていましたが、

そんなスーパーシリーズファイナルズの歴史に風穴を開けたのが奥原希望さんだったわけです。

奥原希望の父と兄もバドミントン選手

奥原希望

奥原希望さんは小学校2年生の時、父親と姉、兄の影響を受けてバドミントンを開始。

・ANAアジアユースジャパンU13 優勝

・全国小学生ABC大会 2位 

・全国小学生バドミントン選手権大会女子シングルス ベスト8

ざっと並べるだけでも幼い頃からこれだけの成績を残してきました。

これだけ幼い頃から素晴らしい功績を残せるのはやはり環境の力が大きかったみたいです。

奥原希望の父親

奥原希望さんは父親が奥原圭永(きよなが)さんという方で現在は長野県の松本筑摩高校に教師として務める傍ら、バドミントン部の顧問をしています。

実際、奥原圭永さんは指導者として大変素晴らしい方のようで松本筑摩高校は10年連続全国大会出場。

このお父さんのもと、奥原希望さんは中学生まで1日4~6時間「1日2000球」を打つ猛練習に取り組みました。

圭永さんはバドミントンにかなり熱い方で自分の息子・娘を世界へ導きたいという願いがあったそうですが、自分には選手としての輝かしい成績がないことを悔やんでいたそうです。

しかしながらそれでも父親としてできるだけのことをやってやりたいとスパルタな練習を奥原希望さんへ与えました。

奥原希望の兄

さらに奥原希望さんには名前は奥原大生さんという兄がいて、お兄さんも高校時代はバドミントンでインターハイ男子シングルスでベスト8入りを果たしています。

現在は栃木県にある自治医大医学部に通っていて偏差値は驚異の70。

さらに実質学費がゼロという事で、倍率が極めて高い超難関校です。

奥原希望の母親

そして最後はお母さん。

お母さんは特にバドミントンの経験があるのかどうかは分かりませんでしたが、なんと奥原希望さんのこれまでの主な試合を全て録画。

それらを家で見て研究し、フォームやフットワークの修正に活かしていたそうです。

奥原希望さんの日本人離れした活躍にはこのような家族のフルサポートがあったんですね。

奥原希望の出身高校は?

奥原希望

奥原希望さんは2010年4月に長野から単身で埼玉県立大宮東高等学校へ進学。

この高校はこれまでもたくさんのJリーガーや野球選手を輩出、スポーツの名門として有名な学校でしたが、バドミントンではそこまでの成績は残していませんでした。

しかし、奥原希望さんが入学してくると

  • 全国高等学校総合体育大会バドミントン競技大会(2011年・2012年女子シングルス優勝、2014年女子ダブルス準優勝)
  • 全国高等学校選抜バドミントン大会(平成24年度女子ダブルス3位)

と一気にバドミントンでも有名な高校に。

奥原希望さん自身も全日本総合選手権に優勝してわずか16歳にて日本のバドミントン女子最強の選手になりました。

とりあえずなんかもうはんぱない笑

奥原希望は二度の病院での手術を経てリオオリンピックへ

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むちゃくちゃ順調なバドミントン人生を送ってきたように見えますが、実は奥原希望さんは大きな怪我で選手生命を断たされそうになったことも。

2013年1月には左ひざを、2014年には右ひざを負傷して手術しています。

確かにバドミントンてシューズのキュッキュッという音で分かるように。ひざを駆使する動きが多くてかなりの負荷がかかることは間違いないですよね。

しかも一つの試合がすごく長いし、あれではやりすぎるとひざを負傷するのも分かります。

奥原希望さんは「もうバドミントンは厳しいかな」と宣告され、目の前が真っ暗になったそうです。

これまでバドミントン一筋で生きていきたわけですからこの時は辛いなんてもんじゃなかったでしょうね。

ベッドの上から起き上がって歩くことすらままならない状況だったそうです。

しかし、そこから奥原希望さんは奇跡的に見事回復。

それからというのも奥原希望さんは試合前にあることをするのが習慣になりました。

それは試合前の感謝のつぶやき。

奥原希望さんは怪我を乗り越え再びこのコートに立てること、支えてくれている周囲の人たちへの感謝の気持ちをこめて

「ここまで来られたことに、たくさんのサポート、ファンの皆さんの声に、すべてに感謝して、この舞台を楽しもう、やりきろう、よし!」

と試合前にいってコートに入ります。

こうした1試合1試合を大事にする姿勢がこれまでの輝かしい成績の裏側にあるのは間違いないでしょう。

今回の五輪でも力の限りを尽くして戦って欲しいですね。

 

ということで今回は奥原希望さんの出身高校、父や兄についての記事でした。

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